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ゲルマン系指揮者の名盤

1:777 :

2025/03/18 (Tue) 13:15:44

FC2掲示板の管理人に一番大事な部分が削除されましたので、 このスレは遠からず阿修羅掲示板 近代史板に移動します。

FC2掲示板の管理人は音楽や芸術が全く理解できない知恵遅れですね。


華麗なる芸術都市の光と闇 “魔の都”ウィーンに響く天才歌手グルベローヴァの美声
これがウィーンの音
http://www.asyura2.com/22/reki8/msg/126.html

ゲルマンの音とはワーグナーが広めた如何にも意味有り気で奥深く感じさせる演奏様式の事
https://a777777.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=16895074

の名盤編です。


ウィーン・オーストリア系演奏家の名盤
https://a777777.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=16895481

ゲルマン系指揮者の名盤
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ゲルマン系ピアニスト・オルガニストの名盤
https://a777777.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=16895392

ゲルマン系声楽家の名盤
https://a777777.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=16895393


の四つに分けました。


ウィーン・オーストリア系指揮者のワインガルトナー、ブルーノ・ワルター 及び ヴァイオリニストのクライスラーの名盤は

華麗なる芸術都市の光と闇 “魔の都”ウィーンに響く天才歌手グルベローヴァの美声
http://www.asyura2.com/22/reki8/msg/126.html

に収録しました。


ゲルマン系指揮者のクナッパーツブッシュ、フルトヴェングラーとカラヤン 及び ゲルマン系ヴァイオリニストの名盤は

ゲルマンの音とはワーグナーが広めた如何にも意味有り気で奥深く感じさせる演奏様式の事
https://a777777.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=16895074

に収録しました。


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伝説の時代の名指揮者


メンデルスゾーン

ベートーヴェンの時代迄は演奏会といえば作曲家が自ら指揮をするのが当たり前であった。勿論、多くのオーケストラが当時既に存在していたから、職業指揮者はいるにはいたが、一般的にはその価値は認識されていなかった。演奏会といえば、「贔屓の作曲家の作品を鑑賞する為のもの」であって、決して「その指揮者の演奏を鑑賞する為のもの」ではなかったのである。例えば、ベートーヴェンの「第九」は作曲者の代理としてミハエル・ウムラウフ(1781年~1842年)が指揮したが、聴衆はベートーヴェンに対して喝采を送ったのであり、この大曲に挑んだウムラウフの功績は全く無視された。

しかし、オーケストラが大編成に成りつつあった19世紀、次第に有名な「専門家」達が登場する様に成る。その先鞭をつけたのはカール・マリア・フォン・ウェーバー(1786年~1826年)であろう。彼は作曲家として当代一流の地位を築いただけでなく、指揮者としてもドレスデン宮廷歌劇場などで活躍した。

これに続くのがフェリックス・メンデルスゾーン(1809年~1847年)である。周知の如く、彼もウェーバー同様作曲家として音楽史に大きな功績を残している。一方で、演奏家としてもバッハ復興に尽力し、シューベルトの「ザ・グレート」やシューマンの交響曲の初演等演奏史にもその名を刻んだ。恐らく、当時最も有名な指揮者がメンデルスゾーンであったのだ。そしてパートナーのライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団も彼の活躍で欧州きっての有名楽団と成った。



ニコライ

ウィーン宮廷歌劇場(現国立歌劇場)から演奏会用の自主団体としてウィーン・フィル(正確には前身のフィルハーモニック・アカデミー)を創設したのがオットー・ニコライ(1810年~1849年)である。その功績を称えて今でも「ニコライ・コンサート」にその名をとどめている。シューベルトの『未完成交響曲』の初演等で知られるヨハン・ヘルベック(1831年~1877年)やオットー・デソフ(1835年~1892年)ら19世紀後半のウィーン楽壇の重鎮と成った後輩達にその意思は受継がれ、ウィーン・フィルの基盤が築き上げられて行った。



ライネッケ

メンデルスゾーンが欧州屈指の名門に育て上げたライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団で19世紀後半に常任指揮者として活躍したのがカール・ライネッケ(1824年~1910年)である。保守的なレパートリーで知られたという。


ビューロー

19世紀最大の指揮者と称されるのがハンス・フォン・ビューロー(1830年~1894年)である。我々が現在「19世紀的」と捉えるドラマティック、ロマンティックな表現の創始者とも言われている。最初はワーグナーやリストの一派であったが、ブラームス派に転向。リストの娘・コージマと結婚するも、ワーグナーに略奪された恨みと言われている。ピアニストとしてもリストに匹敵する腕前とされたが、録音が存在しないのでどうしようもない。晩年はベルリン・フィルの初代常任指揮者として名声に華を添えた。



ハンス・リヒター

ハンス・リヒター(1843年~1916年)はブルックナーやワーグナーの大指揮者として知られる。ワグネリアンに転向する前はブラームスを得意にしていた。ベームの父と親交があり、クナッパーツブッシュの師匠として有名である。恐らくクナのレパートリーはリヒターから継承したに相違ない。録音も遺されているが、私はまだ聴いた事がない。何れにせよ、リヒターは19世紀後半のウィーン・フィルの栄光を支え、メンバーからも絶大な信頼を寄せられた大指揮者であった。



ゲーリケ

ヴィルヘルム・ゲーリケ(1845年~1925年)は後述のニキシュやムック、或いはアントン・ザイードル(1850年~1898年)、エミール・パウル(1855年~1932年)、フランク・ダムロッシュ(1859年~1937年)、マックス・フィードラー(1859年~1939年)、ウォルター・ダムロッシュ(1862年~1950年)らと共にドイツ・オーストリア(当時はオーストリア・ハンガリー)出身で草創期のアメリカのオーケストラの発展に貢献した一人として知られている。



シュッフ

エルンスト・フォン・シュッフ(シューフ:1846年~1914年)はドレスデン宮廷歌劇場音楽総監督としてワーグナーの『トリスタン』や『指環』のドレスデン初演やR・シュトラウスの幾多の楽劇の初演を成功させ、その偉業が今尚語り継がれている。オーストリアのグラーツ出身で、ベームやアーノンクールの大先輩に当たる(但し、アーノンクールはベルリン生れ)大指揮者である。因みにR・シュトラウスは自らの作品の演奏に貢献した人物として愛弟子のクレメンス・クラウスやベームと共に、大先輩シュッフの名を挙げている。



ニキシュ

元祖・天才と言われ、トスカニーニが唯一尊敬を捧げた指揮者といわれるのがアルトゥール・ニキシュ(1855年~1922年)である。ベルリン・フィル、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の常任を兼任した他、ボストン交響楽団の常任も一時期務めた。録音も僅かながら遺されているが、音質があまりに貧弱で、この指揮者について語れる程のものではない。とはいえ、伝説的大指揮者の録音が存在するという事だけでも歴史的価値がある。尚、ニキシュは指揮棒を殆ど用いず、目で合図を送るというスタイルの創始者と言われている。

~私の所有盤~
①(DVD)『世紀の指揮者21』より ドリームライフ DLVC-1011
②(CD)『ベルリン・フィルと大指揮者たちⅠ~ニキシュ』 ベルリンPO ポリドール(現ユニヴァーサル) POCG-2126

①はベルリン・フィルを指揮したベルリオーズ:序曲『ローマの謝肉祭』より1分程の映像。解説では②の音源に1895年頃のサイレント映像を合成させた物と推測されている。はっきり言って音は劣悪だが、兎に角ニキシュの映像が拝めるという史料的価値が高い。

②は1913年録音のベートーヴェン:第五と1920年録音のリスト:『ハンガリー狂詩曲』1番及びベルリオーズ:序曲『ローマの謝肉祭』。
録音は管弦楽の編成を大分削り、更に金管が指揮者に背を向け、反響板に映った指揮者の姿を見ながら演奏が行われたというが、兎に角音が貧弱で、これで内容を云々する事など私には到底出来ない。しかし、今では伝説的大指揮者として語り継がれているニキシュが、この時確かにベルリン・フィルを指揮したという史料的価値は途方もなく大きく、それだけで後世に伝えられるべき性質を具えていると言えるだろう。



モットル

フェリックス・モットル(1856年~1911年)もまた19世紀を代表する伝説的大指揮者である。特にワーグナー演奏で一時代を築いた。



カヤヌス

ロベルト・カヤヌス(1856年~1933年)はフィンランドの伝説的大指揮者。ハンス・リヒターに指揮を学ぶなどドイツやフランスで研鑽を積んだ後、ヘルシンキ・フィルの前身ヘルシンキ管弦楽団を育成。自国のシベリウスの作品普及に甚大な貢献を果たした事でも知られている。録音も幾つか遺されているが、私は聴いた事がない。
ムック

19世紀末から第二次大戦前の伝説的指揮者の一人がカール・ムック(1859年~1940年)である。ワーグナーを最も得意にしていた。クナッパーツブッシュやベームの師の一人としても知られ、ボストン交響楽団の常任としてこのオーケストラを世界的水準に導いたとされる。録音も遺されているが、私は聴いた事がない。



マーラー

作曲家として今や大人気のグスタフ・マーラー(1860年~1911年)であるが、当時彼の長大な作品は理解されず、指揮者として世界的な名声を誇っていた。トスカニーニがマーラーを最大のライヴァルと考えていた程である。特にウィーン宮廷歌劇場総監督時代のオペラ上演やウィーン・フィルとの演奏会は今尚伝説として語り継がれている。指揮者・マーラーは激しい指揮で知られると同時に、作曲家としての視点から多くの”編曲”も試み、批判の対象にも成った。”編曲”ではないが、ベートーヴェンの歌劇「フィデリオ」の二幕一場と二場の間に「レオノーレ3番序曲」を演奏する習慣はマーラーが始めたものである。
残念なのは、既にレコード録音が可能だった時代であるにも関わらず、彼の演奏、即ち、自作は勿論、彼の指揮するベートーヴェンやブルックナー、モーツァルトやワーグナー等の録音が遺されていない事である。これらは皆当時の欧州音楽界で大変評判になっていたからだ。尤も、ニキシュの録音から推測するに、あくまで史料的価値のみで鑑賞度は低いと思うが。



シャルク

フランツ・シャルク(1863年~1931年)は兄のヨーゼフ(1857年~1911年)やヘルマン・レーヴィ(1839年~1900年)、フェルディナント・レーヴェ(1865年~1925年)、そしてハンス・リヒターらと共にブルックナーの普及に努めた(一般に受け入れられ易い様にする為、多くの削除や、管弦楽の変更を行った点は批判されているが)。尚、フランツ・シャルクはウィーン楽壇の中心的存在として戦前迄活躍。オーストリア音楽総監督の地位を得た。ベームの父と親交があり、ベームのウィーン留学をサポートしたのもフランツ・シャルクである。その他クレメンス・クラウスやヘルベルト・フォン・カラヤン、アルトゥール・ロジンスキー(1892年~1958年)、ハンス・スワロフスキー(1899年~1975年)らとも関わりがある。録音も僅かではあるが、遺されている。

~私の所有盤~
・(CD)ベートーヴェン:交響曲5番&6番 ウィーンPO KK-Ushi KSHKO-45
此処にはシャルクがウィーン・フィルと1928年に録音したベートーヴェン:第6『田園』と1929年に録音したベートーヴェン:第5が収められている。先ず第5だが、終始金属的なノイズが耳障り。しかし、音質そのものは年代を考えれば、決して悪くはなく、それなりに重厚な響きや力強さはあるし、ウィーン・フィルの美しさの片鱗も味わう事が出来るので、ニキシュの頃に比べれば、鑑賞度は高まっている。

『田園』は金属的なノイズもなく、更に楽しめる。基本的には速目のテンポで纏められているが、Ⅱ楽章のみ14分近くかかっている。何より古い録音ながら、弦の美しさや木管群の味わいなどウィーン・フィルの魅力が伝わって来るのが良い。そういう訳で、伝説的大指揮者の史料としてだけでなく、芸術の一端を知る上でも一度は聴いておいて損はないディスクだと思う。



ワインガルトナー

19世紀終盤から20世紀初頭にかけてベルリン国立歌劇場で活躍した他、マーラー没後からフルトヴェングラーが登場する迄のウィーン・フィルを支えた大指揮者がフェリックス・ワインガルトナー(1863年~1942年)である。少年時代のベームも彼の演奏を聴いている。当時のワインガルトナーは全欧州に”ベートーヴェン”の権威としてその名を轟かせていた。一度は聴いておくべき価値のある指揮者であると言えよう。

~私の所有盤~
①(CD)ベートーヴェン:交響曲全集 ウィーンPO他 MEMORIES MR2028/34
②(CD)ブラームス:交響曲全集 ロンドンSO他 MEMORIES MR2339
①は史上初のベートーヴェン:交響曲全集とされる。録音は1927年から1938年にかけてのものなので、流石に現在と比較する事自体酷だが、さりとて史料的価値のみならず、端正な造型、品格を湛えた響き、時折盛り込まれる微妙な変化などそれなりの鑑賞度を具えており、模範的・正統派とされ、多くの指揮者に影響を与えたベートーヴェン演奏の源流に触れる事が出来る。奇数交響曲は量感にやや不足する嫌いがあるが、偶数交響曲や第一などは十分に楽しむ事が出来、中でも第八は今尚ベストに支持する人もいる名盤中の名盤である。
続いては1938年から1940年にかけて録音が行われた②について。個人的にベートーヴェンに適性のある演奏家は大抵ブラームスにも適性があると思うが、②はその事を如実に示している。ワインガルトナーと言えば兎に角ベートーヴェンの権威として名高かった為、①がズバ抜けて有名な遺産である事は確かだが、②も聴いておいて損はない。



リヒャルト・シュトラウス

作曲家としてマーラー最大のライヴァルだったリヒャルト・シュトラウス(1864年~1949年)。当時、作曲家としての名声はマーラーより上だったが、指揮者としての名声は必ずしもマーラーを凌駕するものではなかった。とはいえ、彼が優れた指揮者であった事は、ベームやカラヤンが語っており、録音も自作を中心に幾つか遺している。そのスタイルは一切の虚飾を捨て去るという禁欲的なもので、愛弟子のベームにそれは受け継がれた。

~私の所有盤~
①(DVD)『世紀の指揮者21』より ドリームライフ DLVC-1011
②(CD)シュトラウス・コンダクツ・シュトラウス ベルリン国立歌劇場O他 DG 4792703
③(CD)自作自演集:ウィーンPO他 URANIA URN22394

①はバイエルン国立歌劇場で1949年6月に収録された『薔薇の騎士』第二幕終景より1分40秒程度の映像。死の直前の巨匠の姿が捉えられているという点で、実に貴重な史料であると言える。演奏も僅かな時間しか収録されていないのが惜しまれる位、魅力的。一見つまらなそうに棒を振っている大作曲家が、バイエルン国立歌劇場管からウィーン・フィルと見紛う響きを引き出し、ウィンナ・ワルツそのものといった演奏を展開しているのだ。

②は作曲者自身のピアノによる1921年録音の4つの歌曲、作曲家自身の指揮によるベルリン国立歌劇場管との1926年収録の『死と変容』、1927年収録の歌劇『インテルメッツォ』より交響的挿入曲、楽劇『薔薇の騎士』より第二幕のワルツ、1928年収録の楽劇『サロメ』より「7枚のヴェールの踊り」、1929年収録の『ドン・ファン』『ティル』、1930年収録の歌劇『町人貴族』より組曲、1933年収録の『ドン・キホーテ』(チェロ:エンリコ・マイナルディ)、バイエルン国立歌劇場との1940年収録の『皇紀2600年奉祝音楽』、1941年収録の『英雄の生涯』『ドン・キホーテ』(チェロ:ヘルマン・ウール)及び楽劇『薔薇の騎士』より第三幕のワルツが収録されている他、ベルリン国立歌劇場管を指揮した1926年収録のモーツァルト:交響曲39番、41番、1927年収録のモーツァルト:交響曲40番、1926年収録のベートーヴェン:第七、1928年収録のベートーヴェン:第五、ベルリン・フィルを指揮した1928年と1929年収録のグルック、ウェーバー、ワーグナーなどの序曲という構成と成っている。

先ず自演に関してだが、概ね③より古い録音が多い為、鑑賞度の高さという点で聴き劣りがする演奏が少なくない。尤も、史料的価値にとどまらない鑑賞度はそれなりに具えているが。中でも③と比較的収録時期が近いバイエルン国立歌劇場管との『英雄の生涯』『ドン・キホーテ』『薔薇の騎士』より第三幕のワルツなどはかなり楽しめる。何より私が楽しみにしていたのは『皇紀2600年奉祝音楽』で、これを聴きたいが為にセットを購入したと言っても良い。聴いてみると、壮麗な管弦楽が14分の大半鳴りっ放しで、『祝典前奏曲』に比べてやや単調な嫌いはあるが、シュトラウスの作品中でも殆ど演奏される機会の無いこの作品を作曲者自身の指揮で聴く事が出来るというだけでも歴史的意義がある。

モーツァルトは金管やティンパニーが活躍する39番と41番は録音に貧弱さを感じるものの、弦と木管主体の40番はかなり楽しめる。ベートーヴェンは第七が貧弱な録音かつ終楽章に大幅なカットが施されているのに対し、第五がかなり楽しめ、シュトラウスが大作曲家だけでなく、大指揮者でもあった事を充分に窺わせてくれる。ウェーバーやワーグナーの序曲も録音年代を考えれば悪くは無い。

③は1944年にウィーン・フィルと共に放送用に録音したと思われる『英雄の生涯』『ティル』『ドン・ファン』『死と変容』『ツァラトゥストラ』『泡立ちクリーム』と1928年にベルリン・フィルを指揮した『サロメ』より「7枚のヴェールの踊り」。何れも文字通り虚飾を排した演奏と成っているが、決して機械的には陥らず、ニュアンスの豊かさ、味わい深さが感じられる。録音も当時としては悪くは無く、大指揮者としても知られた大作曲家の自演盤という事で、永遠の模範と称されるべき内容だと思う。



シリングス

マックス・フォン・シリングス(1868年~1933年)はドイツの指揮者・作曲家である。何と言ってもフルトヴェングラーの師匠として名高い。

~私の所有盤~
・(DVD)『世紀の指揮者 大音楽会』より ドリームライフ DLVC-1009
此処に収録されているのは、1933年にベルリン国立歌劇場管を指揮したロッシーニ:歌劇『ウィリアム・テル』序曲。録音は強奏部にやや物足りなさを覚えるものの、それなりの鑑賞度を具えている。第一部「夜明け」のチェロ独奏からして魅力たっぷり。第二部「嵐」は何故か一番盛り上がる部分がカットされているが、速目のテンポでグイグイと運ばれる音楽にただならぬ気配を感じる。第三部「静けさ」はテンポの微妙な変化と木管群の表情が印象的。第四部「スイス軍の行進」はやや量感の不足を感じるものの、コーダに向かって盛り上がって行く様は中々のもの。シリングスの指揮姿は髭を蓄えたダンディーな風貌が印象的。演奏共々「この人がフルトヴェングラーの師匠なのか」という感慨を与えてくれる。



ブレッヒ

レオ・ブレッヒ(1871年~1958年)はドイツの指揮者・作曲家。SP時代に旺盛なレコーディング活動を行っているが、私はごく僅かしか録音を所有していないので、多くを語る事は出来ない。

~私の所有盤~
①(DVD)『世紀の指揮者 大音楽会』より ドリームライフ DLVC-1009
②(DVD)『世紀の指揮者21』より ドリームライフ DLVC-1011
③(CD)フリッツ・クライスラー:『EMI録音集』EMI 2650422

①には1932年にベルリン市立歌劇場(ベルリン・ドイツ・オペラの前身)を指揮したワーグナー:楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』第一幕前奏曲、②には1920年代半ばにベルリン・フィルを指揮したワーグナー:楽劇『トリスタンとイゾルデ』より「愛の死」の途中からコーダ迄が収録されている。先ず①だが、映像も音楽も鑑賞度はそこそこといったところ。金管の堂々たる歩みと中間部の速目に駆け抜ける弦がコントラストを成す。②は①より更に古い時代の録音なので、映像も音楽も鑑賞度は下がる。しかし、頂点に達した後、テンポを落としてコーダに達するなど、この指揮者のワーグナー指揮者としての片鱗は窺い知る事が出来る。

③は20世紀を代表する大ヴァイオリニスト、クライスラーのBOXで、ブレッヒはベルリン国立歌劇場管を率いて1926年にベートーヴェンとメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲、1927年にブラームスのヴァイオリン協奏曲を収録している。何れも録音年代が古く、クライスラーのヴァイオリン独奏はそれなりに楽しめるものの、管弦楽に物足りなさを感じるのは止むを得ないところ。これでブレッヒの演奏を云々するのは酷というものだろう。
http://mahdes.cafe.coocan.jp/creg.htm


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指揮者 生年順

アルトゥール・ニキシュ(1855年10月12日 - 1922年1月23日)指揮者
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フランツ・シャルク(1863年5月27日 - 1931年9月3日)指揮者
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フェリックス・ワインガルトナー(1863年6月2日 - 1942年5月7日) 指揮者
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リヒャルト・シュトラウス(1864年6月11日 - 1949年9月8日)作曲家・指揮者
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アルトゥーロ・トスカニーニ(1867年3月25日 - 1957年1月16日)指揮者
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ハンス・プフィッツナー(1869年5月5日 – 1949年5月22日)作曲家・指揮者
https://a777777.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=14025620

ウィレム・メンゲルベルク(1871年3月28日 - 1951年3月22日)指揮者
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セルゲイ・クーセヴィツキー(1874年7月26日 - 1951年6月4日)指揮者
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ピエール・モントゥー(1875年4月4日 - 1964年7月1日)指揮者
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ブルーノ・ワルター(1876年9月15日 - 1962年2月17日)指揮者
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トーマス・ビーチャム(1879年4月29日 - 1961年3月8日)指揮者
https://a777777.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=14025816

カール・シューリヒト(1880年7月3日 - 1967年1月7日)指揮者
https://a777777.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=14025740

デジレ=エミール・アンゲルブレシュト(1880年9月17日 - 1965年2月14日) 指揮者
https://a777777.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=14025273

レオポルド・ストコフスキー(1882年4月18日 - 1977年9月13日)指揮者
https://a777777.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=14010942

ヘルマン・アーベントロート(1883年1月19日 - 1956年5月29日)指揮者
https://a777777.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=14025710

ヴァーツラフ・ターリヒ(1883年5月28日 - 1961年3月16日)指揮者
https://a777777.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=14025502

エルネスト・アンセルメ(1883年11月11日 - 1969年2月20日)指揮者
https://a777777.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=14025274

アントン・ヴェーベルン(1883年12月3日 - 1945年9月15日)作曲家・指揮者
https://a777777.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=14025667

オットー・クレンペラー(1885年5月14日 - 1973年7月6日)指揮者
https://a777777.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=14025731

ヴィルヘルム・フルトヴェングラー (1886年1月25日 - 1954年11月30日) 指揮者
https://a777777.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=14010877

ハンス・クナッパーツブッシュ(1888年3月12日 - 1965年10月25日)指揮者
https://a777777.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=14010878



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華麗なる芸術都市の光と闇 “魔の都”ウィーンに響く天才歌手グルベローヴァの美声
これがウィーンの音
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ゲルマンの音とはワーグナーが広めた如何にも意味有り気で奥深く感じさせる演奏様式の事
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ウィーン・オーストリア系演奏家の名盤
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ゲルマン系指揮者の名盤
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ゲルマン系ピアニスト・オルガニストの名盤
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ゲルマン系声楽家の名盤
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ロシア・ウクライナのピアニストの名盤
https://a777777.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=16895899

ロシア・ウクライナの弦楽器奏者の名盤
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ハンガリーの演奏家の名盤
https://a777777.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=16895965

ルーマニアの演奏家の名盤
https://a777777.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=16895972

ポーランドの演奏家の名盤
https://a777777.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=16895976

フランス・ベルギーの指揮者の名盤
https://a777777.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=16895984

フランス・ベルギーのピアニストの名盤
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フランス・ベルギーの弦楽器奏者の名盤
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イタリアの演奏家の名盤
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北欧の演奏家の名盤
https://a777777.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=16895986

アメリカ・カナダの演奏家の名盤
https://a777777.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=16895987







2:777 :

2025/03/18 (Tue) 13:38:58

ルーマニア人ですが、ドイツで活躍していた伝説の指揮者なので入れておきます:

セルジュ・チェリビダッケ(1912年7月11日 - 1996年8月14日)指揮者
https://a777777.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=14025569



チェリビダッケはルーマニア人でゲルマンの音とは無縁なので、ドイツの有名な演奏家の悪口ばかり言っている割には、自分では大した演奏はしていません。
テンポが遅過ぎ表現が大袈裟なので、不自然に聴こえてしまうのですね。
日本人から名演として持て囃されているブルックナーの演奏もクナッパーツブッシュには到底敵いません。


チェリビダッケの録音
https://kabukisk.com/classic/celibidacherec.htm


Celibidache - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=Celibidache&sp=CAI%253D

Celibidache Beethoven - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=Celibidache+Beethoven&sp=CAI%253D

Celibidache Wagner - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=Celibidache+Wagner&sp=CAI%253D

Celibidache Bruckner - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=Celibidache+Bruckner&sp=CAI%253D

Celibidache Brahms - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=Celibidache+Brahms&sp=CAI%253D

Celibidache Debussy - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=Celibidache+Debussy&sp=CAI%253D

Celibidache Ravel - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=Celibidache+Ravel&sp=CAI%253D


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ブルックナー

チェリビダッケ ブルックナー交響曲集
Bruckner Symphony conducted by Sergiu Celibidache
https://www.youtube.com/playlist?list=PLDHp-dZKD6X1LXD3NMrEZ0rRjp6Q827vX


Bruckner: Symphony No.4 Celibidache/ Münchner Ph/ Wien Live ブルックナー:交響曲第4番 チェリビダッケ ウィーンライブ
https://www.youtube.com/watch?v=QVUyaiIHSW4

ブルックナー:交響曲 第4番変ホ長調「ロマンティック」
ミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団
セルジュ・チェリビダッケ
1989年2月5、6日、ウィーン、ムジークフェラインザール


Symphony No. 7 in E Major, WAB 107
https://www.youtube.com/watch?v=xN78XYYxA3Y
https://www.youtube.com/watch?v=Xot2QXf7O9g
https://www.youtube.com/watch?v=lOtjFVNt1TY
https://www.youtube.com/watch?v=tYKhpwn54sU

Orchestra: Münchner Philharmoniker
Conductor: Sergiu Celibidache



Bruckner - Symphony No 8 - Celibidache, MPO (1994)
https://www.youtube.com/results?search_query=Bruckner++Symphony+No+8++Celibidache++1994++Lisbon

Munich Philharmonic Orchestra conducted by Sergiu Celibidache
Recorded live: 23 April 1994, Lisbon, Portugal


Bruckner - Symphony No 8 (Celibidache) - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=YRDZ0XotytA


bruckner symphonie no 8 en ut mineur ( s. celibidache )
https://www.youtube.com/watch?v=grK6qGsAP4w

( enregistrement en direct. 27/01/1988 paris )
*. source : vibrato cd-r (modifié)
*. s. celibidache orchestre philharmonique de munich



Bruckner - Symphony No 8 - Celibidache, MPO (1994)
https://www.youtube.com/results?search_query=Bruckner++Symphony+No+8++Celibidache++1994++Lisbon

Munich Philharmonic Orchestra conducted by Sergiu Celibidache
Recorded live: 23 April 1994, Lisbon, Portugal


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「音楽&オーディオ」の小部屋
ブルックナーの交響曲第8番「リスボン・ライブ」版
2018年12月09日
https://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/b84e2dd9f354b7a3ce959bea84307b15

音楽愛好家の端くれとしてコンサート・マスター(以下「コンマス」)の重要性はある程度承知しているが、そもそも「なぜヴァイオリニストがコンマスを務めるのか?」なんて初歩的なことがつい気になってしまう。

そしてたまたま図書館から借りてきた本にコンマスの役割が詳細に述べられていた。

「ようこそ!すばらしきオーケストラの世界へ」 

本書〔2010年6月発行)の109頁~139頁にかけて、当時の3人の「コンマス」の生の声が収録されている。

NHK交響楽団「篠崎史紀」氏、東京フィルハーモニー「荒井英治」氏、東京都交響楽団「矢部達哉」氏たち3名に対する16の設問への回答形式。

日本を代表するオーケストラの「コンマス」の本音が書かれてあって興味深く拝見した。

その設問だがたとえば、

「コンマスとは何者?」「コンマスの一番重要な仕事とは?」「コンマスにとって理想的な指揮者とは?」「理想のコンマス像とは?」「コンマスにとって理想的なオーケストラとは?」など。

それぞれに違った回答を面白く拝見したが、「オヤッ!」と思ったのが「荒井英治」氏が理想のオーケストラとして「チェリビダッケ〔指揮者)+ミュンヘン・フィル」を挙げていたこと。

ウィーン・フィルやベルリン・フィルとかの超一流オーケストラなら分かるが、なぜ、ミュンヘン・フィルを?

実は思い当たる節があるのである。

チェリビダッケはフルトヴェングラー亡き後、ベルリンフィルの常任指揮者のポストをカラヤンと争って敗退した。〔楽団員の投票によるもの)。敗因の一つにスタジオ録音をことさら嫌悪し排除したことが上げられているが、いわば音楽にコマーシャリズムの導入を認めなかった頑固者。

後年「自分がベルリンフィルを継いでいたら、もっとドイツ的な響きを失わずに済んだであろう」と豪語した話は有名だが、ともかくミュンヘンで「配所の月」を眺めつつ徹底的に楽団員をしごき上げ、理想の響きを追求した。

つい「悪いオーケストラはない、悪い指揮者がいるだけだ。」という言葉を思い出す。

そして、その成果ともいえる「名演奏」が誕生した。

それはブルックナーの「交響曲第8番」のリスボンでのライブ演奏。世に言う「リスボン・ライブ」である。

チェリビダッケは録音を許さなかったし、ライブでもあるのでこの演奏は後世に残るはずがなかったのだが、何と海賊盤が存在しているのだ。

誰かが当日、こっそり録音機器を持ち込んで録音したという曰くつきのCD盤〔2枚組)。正式に陽の目を見ない盤だが、知人によると過去にオークションで法外な価格〔1万円以上)で登場していたという。

念のためネットで「HMV」を確認してみたがやはり「正規盤」としては流通していない。

巷間、ブルックナーの交響曲のうち最高傑作は8番と9番〔未完成)とされており、この8番は100分ほどに及ぶ大作だが幾多の名指揮者の録音があるものの、この「リスボン・ライブ」を一度聴いておかないと話にならないそうなので、まあそれ相応の価格と言っていいかもしれない。

フッ、フッ、フ・・、思わず出てくる含み笑い。実はこの「リスボン・ライブ盤」を持っているのである。

   

手に入れた経緯? 海賊版なのでそれはヒ、ミ、ツ(笑)。

荒井さんの記事に触発されて久しぶりにこの「リスボン・ライブ盤」にじっくりと耳を傾けてみた。(音楽には刷り込み現象があるので最初に聴く演奏が大切だが自分の場合この演奏だったので助かった。)

やはり、旋律を楽しむのではなくてたっぷりと大きなスケールで豊かな響きを楽しむ音楽である。はじめからお終いまで「豊潤な美酒」という言葉がピッタリ。

取り分け3楽章と4楽章が圧巻でオーケストラの躍動感に痺れてしまった。

通常、チェリビダッケの指揮はテンポが遅すぎると敬遠される方が多い。

それはオーケストラの直接音とホールの残響音とを綿密に考慮して「響き」を重視した指揮をしているからで、良し悪しの問題ではなくて各人の好みの問題なのだが、その点、このリスボン・ライブはホールの響きとのマッチングもあってかテンポもそれほど遅すぎず、絶妙〔だと思う)なので人気がある所以だろう。

しかも、鮮明に録れているのでおそらく最高の位置で録ったものだと推測される。

とはいえ、チェリビダッケの意図した響きを我が家のオーディオシステムがきちんと再生しているかどうかとなると別問題。

オーケストラのトゥッティ〔総奏)ともなれば、どんなシステムだって五十歩百歩で、〔生演奏に)とても及ぶところではないが、少しでもうまく騙されたいものである。

「このリスボン・ライブを聴いて退屈したら、それはシステムがダメな証拠」と知人は断言するのだが、はたして我が家のシステムはどうかな~?(笑)。
https://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/b84e2dd9f354b7a3ce959bea84307b15



チェリビダッケ指揮「交響曲第8番」(ブルックナー)の復刻
2022年04月13日
https://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/edc59a4f1187e042c3285862b7503fd1

ずっと以前の記事にチェリビダッケ指揮の「交響曲第8番」について搭載したことがある。

「はるか忘却のかなた」のことなので、おそらくご記憶にある方は少ないと思う。ちょっと長くなるが再掲させていただこう。

東京フィルハーモニーのコンマス(当時)「荒井英治」氏が理想のオーケストラとして「チェリビダッケ〔指揮者)+ミュンヘン・フィル」を挙げていた。

ウィーン・フィルやベルリン・フィルとかの超一流オーケストラなら分かるが、なぜ、ミュンヘン・フィルを?

実は思い当たる節があるのである。

チェリビダッケはフルトヴェングラー亡き後、ベルリンフィルの常任指揮者のポストをカラヤンと争って敗退した。〔楽団員の投票によるもの)。敗因の一つにスタジオ録音をことさら嫌悪し排除したことが上げられているが、いわば音楽にコマーシャリズムの導入を認めなかった頑固者。

後年「自分がベルリンフィルを継いでいたら、もっとドイツ的な響きを失わずに済んだであろう」と豪語した話は有名だが、ともかくミュンヘンで「配所の月」を眺めつつ徹底的に楽団員をしごき上げ、理想の響きを追求した。

つい「悪いオーケストラはない、悪い指揮者がいるだけだ。」という言葉を思い出す。

そして、その成果ともいえる「名演奏」が誕生した。

それはブルックナーの「交響曲第8番」のリスボンでのライブ演奏。世に言う「リスボン・ライブ」である。

チェリビダッケは録音を許さなかったし、ライブでもあるのでこの演奏は後世に残るはずがなかったのだが、何と海賊盤が存在しているのだ。

誰かが当日、こっそり録音機器を持ち込んで録音したという曰くつきのCD盤〔2枚組)。正式に陽の目を見ない盤だが、知人によると過去にオークションで法外な価格〔1万円以上)で登場していたという。

念のためネットで「HMV」を確認してみたがやはり「正規盤」としては流通していない。

巷間、ブルックナーの交響曲のうち最高傑作は8番と9番〔未完成)とされており、この8番は100分ほどに及ぶ大作だが幾多の名指揮者の録音があるものの、この「リスボン・ライブ」を一度聴いておかないと話にならないそうなので、まあそれ相応の価格と言っていいかもしれない。

フッ、フッ、フ・・、実はこの「リスボン・ライブ盤」を持っているのである。

   

手に入れた経緯? 海賊版なのでそれはヒ、ミ、ツ(笑)。

荒井さんの記事に触発されて久しぶりにこの「リスボン・ライブ盤」にじっくりと耳を傾けてみた。(音楽には刷り込み現象があるので最初に聴く演奏が大切だが自分の場合この演奏だったので助かった。)

やはり、旋律を楽しむのではなくてたっぷりと大きなスケールで豊かな響きを楽しむ音楽である。はじめからお終いまで「豊潤な美酒」(五味康佑氏)という言葉がピッタリ。

取り分け3楽章と4楽章が圧巻でオーケストラの躍動感に痺れてしまった。

通常、チェリビダッケの指揮はテンポが遅すぎると敬遠される方が多い。

それはオーケストラの直接音とホールの残響音とを綿密に考慮して「響き」を重視した指揮をしているからで、良し悪しの問題ではなくて各人の好みの問題なのだが、その点、このリスボン・ライブはホールの響きとのマッチングもあってかテンポもそれほど遅すぎず、絶妙〔だと思う)なので人気がある所以だろう。

しかも、鮮明に録れているのでおそらく最高の位置で録ったものだと推測される。

とはいえ、チェリビダッケの意図した響きを我が家のオーディオシステムがきちんと再生しているかどうかとなると別問題。

オーケストラのトゥッティ〔総奏)ともなれば、どんなシステムだって五十歩百歩で、〔生演奏に)とても及ぶところではないが、少しでもうまく騙されたいものである。

「このリスボン・ライブを聴いて退屈したら、それはシステムがダメな証拠」と知人は断言するのだが、はたして我が家のシステムはどうかな~?(笑)。

という、内容だった。

ところがこの曲について、「日経新聞」の日曜版(2022・4・10)に新たな情報が掲載されていたのである。



何と、このほど「遺族の許可」を受けてこの「リスボン・ライブ版」が正式なCD盤として発売の運びに至ったというのだ。

嬉しいやら、悲しいやら複雑な心境である(笑)。

P.S

「モーツァルトは好まないけどブルックナーは好き」という「T」さんからメールが届いた。それも充分ありでしょうよ(笑)。

サービス精神旺盛なので、新聞記事の活字部分を拡大して再掲してみたのでご一読してください。
https://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/edc59a4f1187e042c3285862b7503fd1


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ブラームス

戦後間もないブラームス(Celibidache 1945)
Brahms:Symphony No.4 in E minor, Op.98
https://www.youtube.com/watch?v=p1wD5c6AnhE

Sergiu Celibidache , Conductor
Berlin Philharmonic Orchestra
Recorded on November 21, 1945


Brahms: Violin Concerto - Shlomo Mintz - MPO Celibidache - 1992.
https://www.youtube.com/watch?v=yJRP4WSb4_I
3:777 :

2025/03/22 (Sat) 13:05:34

ブラームス交響曲の演奏史『レコード録音の歴史をふりかえる』台湾 MUZIK 掲載記事を音楽講座形式で!【ATM音楽解説 Vol.169】Brahms 話:徳岡直樹
徳岡直樹 Naoki Tokuoka Music Life
https://www.youtube.com/watch?v=BXHymtFxxb8

ブラームスの交響曲の演奏史、 レコード録音史をふりかえります。ブラームス自身が指揮をして自分の交響曲演奏を指導し、同時代の指揮者によるブラームス演奏にどのような感想を残したのか。世界最古のブラームス交響曲録音は誰の指揮したものなのか? それぞれの交響曲の代表的演奏CDやエピソード… 台湾唯一のクラシック音楽月刊誌 ”MUZIK" に執筆、掲載されたものを『講座・講義』スタイルで皆さんにのんびり聞いていただきます。ただし名盤紹介…というものではないです(話:徳岡直樹)
4:777 :

2025/03/22 (Sat) 13:19:39

ヘルマン・アーベントロート(1883年1月19日 - 1956年5月29日)指揮者
https://a777777.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=14025710


今聴いてみると、アーベントロートもベーム、ヴァントもフルトヴェングラーやクナッパーツブッシュに比べると 2ランクか3ランク落ちますが、それはワーグナー系の鬼気迫る凄絶な演奏とブラームス系の内省的でいぶし銀の様な演奏の差が出ているのです。


指揮者と「ブラームス・シュタインバッハの伝統」について
http://sakaiyama.html.xdomain.jp/conduct_brahms.html

■指揮者アーベントロートについて

このところ、「爆演指揮者」という形容がつくことの多いアーベントロートですが、資料によっては
「楽譜の代弁者」
「作曲家の書いたスコア・作曲家の意図に対し忠実、温かみのある表現」
という説明がされています。
(アーベントロート70歳の誕生日に寄せて文章を書いているProf.Dr. カール・ラウクス [ LP・ET-1514の解説書に日本語訳が載っている ]によると、 アーベントロートという指揮者は以下の様な表現になっている。)

>「彼は多くの指揮者がするように楽譜を勝手に独自の解釈で演奏するのではなく、楽譜に書かれた内容を 作曲家の意思の伝達道具であることに常に敬意を払い、偉大なエネルギーと精神的熱慮をもって 実際の音に移し変えていった。」
>「ドイツ古典派のモーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス(フリッツ・シュタインバッハの真の意味の後継者として!)、 そしてブルックナーが特に彼の心のよりどころであったが、外国の芸術に対しても決して拒否反応は 示さなかった。いや、まったくその逆で、世界の音楽史上で有名な曲の多くが彼によってドイツで 初演された・・・・・」




■指揮者と「ブラームス・シュタインバッハの伝統」について


(1)「ブラームス・シュタインバッハの伝統」に基づいた演奏

次の太字の部分は、ブラームス演奏における「ブラームス・シュタインバッハの伝統」と指揮者に関することで色々伺った話をまとめたもの。

「『ブラームス・シュタインバッハの伝統』とは、テンポを自在に変え、シュタインバッハの楽譜への書き込みに基づいたブラームス演奏のこと。
この伝統に忠実なのはアーベントロート。

ヴァント、サヴァリッシュ、ベームのブラームスは楽譜の範囲内で『ブラームス・シュタインバッハの伝統』を解釈している。
(よくアーベントロートの指揮を19世紀的と言う人がいるが、実際にはそうではない、とのこと。)

ブラームスの演奏における『ブラームス・シュタインバッハの伝統』をシュタインバッハから継いだのは、ライナー、ストラヴィンスキー、アーベントロート。 アーベントロートから教わったのが、ヴァント。
なお、サヴァリッシュ・ベームは誰から教わったのかははっきりとは分からないが、サヴァリッシュ・ベームの振るブラームスも『ブラームス・シュタインバッハの伝統』の系統の演奏と考えられる。」

「ムラヴィンスキーのブラームスも『ブラームス・シュタインバッハの伝統』に基づいていて(誰から教わったのかは不明)、振り方そのものは大変近代的、モダンである。」

「ノリントン、マッケラスはシュタインバッハの楽譜への書き込みを意識してはいる。しかしその演奏そのものは『ブラームス・シュタインバッハの伝統』の再現というのとは少し違うようだ。」
「一方、クナッパーツブッシュの振るブラームスは『ブラームス・シュタインバッハの伝統』とは、異なる。クナッパーツブッシュはブラームスが楽譜に書いた通りにやろうとしていて、テンポを途中で変えないやり方。R.シュトラウスやセル、チェリビダッケの指揮するブラームスも同じ系統。」

「なお、トスカニーニはシュタインバッハのブラームス演奏を大変意識してはいたが、トスカニーニの演奏は「歌う」部分が強いので、この2つの系統とはまた異なるブラームス演奏と考えられる。」


(2)次に、「(1)以外」の点について以下に補足しておきます。

(1)の内容に関して思ったのですが、ブラームスの演奏をする時に楽譜通りにやるか、あるいはプラスアルファの要素としてシュタインバッハのやり方を取り入れるかどうか、その辺が指揮者自身の考え方により違うのだろうか、と思います。
ブラームスの演奏解釈を研究されている方などが、現在では

「ブラームス・シュタインバッハの伝統」
「マイニンゲンの伝統 ( Meiningen Tradition )」

というキーワードを度々使われることがあります。
しかし、アーベントロートやヴァント、サヴァリッシュなど、実際にシュタインバッハの楽譜への書き込みに基づいたブラームス演奏をしている指揮者達は、こうしたキーワードを使って説明したりすることはなかったのだそうです。

アーベントロートは
「ブラームス先生から教わったシュタインバッハ先生から、自分は教わったんだけど」
という感じで説明をしていたらしいです。

また、アーベントロートから教わった方も
「シュタインバッハ先生が言ってたこと」
「シュタインバッハ先生から教わったことを、アーベントロート先生はこう言っていた」
という感じで説明していたそうです。

「マイニンゲンの伝統」とは、シュタインバッハに師事したことのあるヴァルター・ブルーメという人物が最初に呼んだものだそうですが、その後、ブラームス研究をする方のうち「シュタインバッハの楽譜への書き込み」に着目した人々(ウォルター・フリッシュなど)がこの「マイニンゲンの伝統」というキーワードを使うようになっています。

一方、アーベントロートが教えた指揮者、音楽家など、演奏する側の人々は
「シュタインバッハ先生が言ってたこと」
そういう言い方をされている。

この「シュタインバッハの書き込み」に関し研究者が本に書いたり論文で検証している内容というのは、演奏をしている現場でのやり取り、 指揮者や音楽家達の直接の伝承とはイロイロ異なる点などあるかもしれませんので、重く考え過ぎてはいけないのかもしれません。 (私、境山の個人的な感想ですが。)

また、「**の伝統」というキーワードが独り歩きすることも、余り好ましくないことなのかもしれません。



(シュタインバッハとトスカニーニは、どういうつながりがあったかは分からないのですが)
シュタインバッハの指揮するブラームスを聴いた経験のあるトスカニーニは
ニューヨークのある社交の場で、その演奏を聴いた時のことを
「それは素晴らしかった。音楽が難なくそう進んでいったのだ」
と語った、という話が伝わっているのだそうです。

ヴァントは、正しいテンポとは何か、という問いに対して
「・・ブラームスの交響曲や、ムソルグスキー/ラヴェルの『展覧会の絵』のような 管弦楽作品で大事なのは、むしろ、演奏のテンポが全体として納得できるものであること、 つまり『正しい』と感じられることなのである。」
ということを語っており、その際にこの、シュタインバッハの指揮するブラームスを聴いた トスカニーニの話に触れています。

「ギュンター・ヴァント」
ヴォルフガンフ・ザイフェルト( Wolfgang Seifert )著、根岸一美訳
(音楽之友社)
P.291-P.297 参照



「 Performing Brahms 」
アメリカのコロンビア大学音楽科の教授、ウォルター・フリッシュ(Walter Frisch)はこの本「 Performing Brahms 」の
Chapter 10
In search of Brahms's First Symphony :
Steinbach, the Meiningen tradition, and the recordings of Hermann Abendroth

ここで、
「アーベントロートのブラームス解釈がシュタインバッハの書き込みに一番近く、
ビューロー・シュタインバッハからの生きた伝統をアーベントロートは継承した」
と述べています。

「 Performing Brahms 」に関わった
ベルナルド・D・シェルマン( Bernard D. Sherman ) 氏、
私はこの方のサイトは2002年頃に気付いたのですが、
http://homepages.kdsi.net/~sherman/performingbrahms.htm
http://www.bsherman.org/mack.html

シェルマン自身がサイトでも書いていましたが、「シュタインバッハの楽譜への書き込み」を ノリントン、マッケラスも参考にして Meiningen Tradition のブラームス演奏を試みているけれども、 例えばマッケラスの演奏はシュタインバッハの書き込みとは異なる部分もある、等述べており、 シェルマンも、シュタインバッハのブラームス演奏については Meiningen Tradition に直接の接点が 有ったアーベントロートの演奏に注目しています。


(3)以下は 「 Performing Brahms 」が出版される前に
2003年01月時点で私が自分なりに調べてまとめた中からの転記。

Meiningen Tradition 「マイニンゲンの伝統」というキーワードは、 1914~1915年にかけフリッツ・シュタインバッハ( Fritz Steinbach 1855~1916)に師事したヴァルター・ブルーメ( Walter Blume )という人が呼んだもの。 ( Brahms in der Meininger Tradition )

ブルーメは、シュタインバッハがブラームスの4つの交響曲とブラームス・ハイドンの主題による変奏曲の楽譜に書き込んだものを転記して、1933年に出版している人なのですが、ブルーメによると 「マイニンゲンの伝統的演奏では、正確なリズムと常に変化する柔軟性のあるテンポとは、相互協力の関係にあった」
とのこと。

1886年、ビューローからマイニンゲン宮廷楽団( the Meiningen Court Orchestra )を引継いだのがシュタインバッハ。マイニンゲン宮廷楽団というのは、ビューローによって鍛えられ、その緻密なアンサンブルにより当時高く評価を受けていたオーケストラ。シュタインバッハ自身はブラームスの指揮を手本にして演奏、マイニンゲン宮廷楽団の演奏を信頼していたブラームス自身が、シュタインバッハのブラームス演奏を評価していた。

シュタインバッハの書き込みというのは、ブラームス自身は楽譜にはテンポを変えるような指示はしていない部分で、詳細にテンポに関し指示しているなど、楽譜通りではない箇所があるとのことです。ブラームスと直接の接点を持っていたシュタインバッハが、指揮者としての考えで書き込みをしているのか、それとも、作曲家自身に確認を取って書き込んだものなのか、この点は不明です。

音楽家や音楽学者の間で現在でも 「 Meiningen Tradition 」 はまだ研究中であるらしいが、マイニンゲン宮廷楽団を鍛えたビューロー、そのマイニンゲン宮廷楽団を 継いでブラームス本人にもその演奏を評価されたシュタインバッハ、そしてケルンのギュルツェニヒ管弦楽団という接点でアーベントロートと直接つながりのあった シュタインバッハからアーベントロートへ、そしてアーベントロートからヴァントへ引き継がれていった、ブラームスの演奏解釈、それが Meiningen Tradition 「マイニンゲンの伝統」
と呼ばれるものだとのこと。

なお、アーベントロートが自分の教え子にブラームスの演奏解釈を教えた際には、 Meiningen Tradition 「マイニンゲンの伝統」というキーワードは言っていない。

「ブラームス先生から教わったシュタインバッハ先生から、自分は教わったんだけど」
と、教え子には演奏のテンポ等の説明をしていたらしい。

なお、アーベントロートのブラームス演奏というのは、この Meiningen Tradition (マイニンゲンの伝統)とイコールということでは「無い」。

アーベントロートの演奏は、 Passion を抑えきれていない時があって、そのため楽譜や演奏解釈を超えてテンポが変わることがある、ということなんですが、 しかしそれでも結果として「演奏のテンポが全体として納得できるものである」演奏になっているので、素晴らしい演奏であり、 Meiningen Tradition (マイニンゲンの伝統)の流れの中から生れた演奏として考えられる、とのこと。
http://sakaiyama.html.xdomain.jp/conduct_brahms.html


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ブラームス交響曲の演奏史『レコード録音の歴史をふりかえる』台湾 MUZIK 掲載記事を音楽講座形式で!【ATM音楽解説 Vol.169】Brahms 話:徳岡直樹
徳岡直樹 Naoki Tokuoka Music Life
https://www.youtube.com/watch?v=BXHymtFxxb8

ブラームスの交響曲の演奏史、レコード録音史をふりかえります。ブラームス自身が指揮をして自分の交響曲演奏を指導し、同時代の指揮者によるブラームス演奏にどのような感想を残したのか。世界最古のブラームス交響曲録音は誰の指揮したものなのか? それぞれの交響曲の代表的演奏CDやエピソード… 台湾唯一のクラシック音楽月刊誌 ”MUZIK" に執筆、掲載されたものを『講座・講義』スタイルで皆さんにのんびり聞いていただきます。ただし名盤紹介…というものではないです(話:徳岡直樹)


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名ピアニストだったブラームスはテンポが極端に揺れる超ロマンティックな演奏スタイルだった

Brahms: The 1889 recordings (& Joachim 1903 recording)
https://www.youtube.com/watch?v=H31q7Qrjjo0

An audio aid to deciphering the famous 1889 Brahms recordings.

On 2 December 1889 Brahms recorded two pieces on an Edison cylinder: a short version of his Hungarian Dance no.1 and an extract from Josef Strauss's Polka-Mazurka 'Die Libelle' ('The Dragonfly') Op.204. The voices of both Brahms and the engineer, Theo Wangemann, can be heard at the beginning of these recordings (as later documented by the son of Dr Fellinger, at whose Viennese house the recording session took place).


エジソンによる蓄音器の発明は1877年(実際にはエジソンの発明の数ヶ月前に現在ACCディスク大賞として名を残しているフランス人シャルル・クロが蓄音機の原理を論文化し、エジソンに実用化を依頼)。

この画期的な発明によっていくつかの歴史的な記録が残されることとなりました。

ブラームス自身の録音もそのひとつで、ウィーンで蓄音器の実演を始めて耳にしたブラームスは、シューマン夫人のクララ宛にその発明の先進性を手紙に書いているほどです。

ブラームスの演奏が録音されたのは1889年12月2日、場所はブラームスの友人であるシーメンス社オーストリア総支配人リヒャルト・フェリンガーのウィーンの自宅。

曲はハンガリー舞曲第1番の後半部分とヨゼフ・シュトラウスのポルカ・マズルカ「とんぼ」の2曲でした。

この録音に立ち会ったフェリンガーの手記によると、この日のブラームスは異常な興奮状態で、当初ラプソディ第2番を録音するつもりでやってきたのに、録音の準備の最中に冗談を連発していたブラームスが突然ハンガリー舞曲を弾き始めたのだそうです。

結局録音の準備が整わないままに演奏が始まったために、ハンガリー舞曲の初めの部分が欠落することになりました。

当時は円盤のレコード盤が発明される以前のことで、エジソンが発明した茶筒のような蝋管レコードです。円盤状のレコードがプレスによって大量の複製が容易なのに比べ、筒状の蝋管は複製に向かず、初期の蝋管の多くは直接録音されたオリジナルの一つしか存在しません。

実際失われたものも多く、ハンス・フォン・ビューローの「英雄」がライヴ録音されたとされていますが、今に至るも発見されていません。

このディスクは、「ブラームス博士による演奏!」と誰かが叫ぶ声に続くハンガリー舞曲第1番の途中から記録されていますが、続くポルカ「とんぼ」は1935年当時すでに再生不能の状態となっていたようで、こちらは収録されていません。

名ピアニストとして鳴らし、リストとならび称せられたブラームスですが、この演奏はテンポのゆれが極端で、まるでよっぱらいが演奏しているかのようでした。

ブラームスの友人で、数々のヴァイオリン協奏曲の初演者として著名な大ヴァイオリニストのヨアヒムが残した比較的良好な状態のハンガリー舞曲の演奏が残されていますが、こちらもポルタメントたっぷりの大揺れの演奏でした。案外この演奏スタイルが当時の一般的なものだったのかもしれません。
http://www.numakyo.org/cgi-bin/bra3.cgi?vew=62



「クララ・シューマンの弟子たちの回想録 その一 私のブラームス回想録(1905年) フローレンス・メイ」

フローレンス・メイは、ロンドンでクララ・シューマンのレッスンを受けた後、ドイツのバーデンバーデン近郊にあるリヒテンタールの別荘で、クララのレッスンを受けるようになった。クララが演奏活動でスイスへ行っている間、メイはブラームスのレッスンを受けることになる。


 ブラームスのひととなり

当時、ブラームスは38歳。身長はやや低めで体格はがっしり。後年の肥満の傾向は全くなし。

理知的な額を有する堂々たる頭部と頭脳の明晰さを表わす青い瞳。挙動には気取りがなく、社交性と慎み深さが同居する、親しみのもてる人という印象だった。

ブラームスは自分について話すのを極端に嫌っており、自分の作品について話すことはめったになく、集まりではどんなに頼んでも、絶対に演奏しなかった。

ブラームスは極端な気分屋で、演奏しろといわれるのが嫌いなうえに、演奏する彼自身のムードと演奏される側、つまり作品の雰囲気がぴったり合わないと、全くだめだった。

ご機嫌なのは先生(クララ・シューマン)たちと一緒の時で、彼女にはいつも下僕のように使え、態度には尊敬の念が表れていた。それは息子が母に持つ愛情と、芸術家同士の共感とがないまぜになったような感覚-弟子のメイにはそう思えた。

ブラームスは大の散歩好きで、自然への愛着もひとしお。夏の間は4時か5時には起き、自分でコーヒーをいれ、それから朝のおいしい空気と鳥の歌を満喫しに、森へ出かけるのが日課だったという。

ブラームスのピアノ指導法

クララは「ブラームスは最高のピアノ教師」だと言っていた。実際、メイがブラームスのレッスンを受けると、「何一つ欠点のない、全ての資質を備えた理想的なピアノ教師」だった。

ブラームスの頭の中には、技術的な修練方法が、細かなことまで全て入っており、しかもそれをきわめて短時間で教えることができた。

メイがテクニックの弱点を説明して、クレメンティの《グラドゥス・アド・パルナッスム》を弾き始めると、その指をほぐして均等にする作業に取り掛かった。
レッスン初日から、目的に達するにはどうするのが一番なのかの解説付きで、音階、分散和音、トリル、重音奏法、オクターヴといった技術訓練を次々と与えていった。

レッスン中ブラームスは椅子に腰かけ、弟子の指を見ながら、誤った動きを指摘し、自分の手の動きで正しい形を見せながら、夢中で指導していたという。

ブラームスは、通常行われる五本指のエクセサイズがメイに有効だとは思わず、もっぱら一般の作品や練習曲を使い、自ら習得した、困難なパッセージを克服するための練習法をメイにも教えた。

メイの手首も、聞いたこともないブラームス独自の方法で、ほとんど苦労しないまま二週間ですっかりほぐれ、指の付け根の固い出っぱりが、大方消え失せた。

ブラームスは、指づかいには特にうるさかった。特定の指に頼らず、全ての指をできるかぎり均等に働かせるよう注意した。

バッハの楽譜はメイがイギリスから持ち込んだもの。指使いが書かれていなかったので、ブラームスはツェルニー版の運指を使うように(それ以外の書き込みには従わないように)指導した。

当初、レッスンの大半はバッハの《平均律》か《イギリス組曲》。メイの技術が向上すると、レパートリーも音楽の本質を学ぶ時間も少しづつ増えていった。

ブラームスは、曲の細部に至るまで厳しく気を配れと注意する一方、「フレージング」はできるだけゆったりととるように言った。繊細な詩集の外側を縫い進み、飾り付けていくように、フレーズのアウトラインを大きく一筆書きするのである。音楽の陰影を使って、フレーズをつなげたりもした。

音色、フレーズ、感覚など、ブラームスのイメージが音になるまで、バッハの一部分を十回でも二十回でも演奏させた。

ブラームスは些細なことまで信じられないほど誠実で、生徒に向かって物知りぶったり、イライラしたり貶したりしなかった。趣味はほめることで、どんな曲でもまず好みどおりに演奏すると「いいねえ、言うことなし」で、「そこはこう変えて」とはならなかった。

 ブラームスのピアノ演奏法

レッスンの終わりに、メイに頼まれてブラームスが自らピアノを弾くようになったが、一番多く取り上げたのはバッハ。

《48の前奏曲とフーガ》(平均律)を解説付きで、1曲か2曲、暗譜で弾き、その後は気分によって楽譜集から曲を選んで弾き続けた。

ブラームスは、著名なバッハ信奉者達のように、「バッハはただ流れるように演奏すべし」などとは思っておらず、彼のバッハ解釈は型破りで、伝統的な理論に捉われていない。

ブラームスが弾く《前奏曲》は躍動感溢れる力強い演奏で、濃淡と明確なコントラストがついて、まるで詩のようだったという。

バッハの音符一つ一つは感性あふれるメロディを作ってゆく。たとえば深い哀感、気楽なお遊び、浮かれ騒ぎ、爆発するエネルギー、えもいわれぬ優美さ。しかし、情緒は欠けておらず、決して無味乾燥ではない。情緒(センチメント)と感傷(センチメンタリズム)は別物なのだ。組曲では、音色とタッチを様々に変え、テンポも伸縮自在だった。

彼はバッハの掛留音をこよなく愛していた。「絶対にきこえなければならんのはここだ」と言いながら、タイのかかった音符を指し、「その後ろの音符で最高の不協和音効果が得られるように[前の音符を]打鍵すべし、でも、準備音が強くならないように」と強調した。

激しさも要求する一方、「もっとやさしく、もっと柔らかく」が、レッスン中のブラームスの口癖だった。

ブラームスは、バッハ、スカルラッティ、モーツァルトなどの「小奇麗な演奏」を認めなかった。巧みで均一で、正確かつ完全な指づかいは求めたが、多様で繊細な表現が絶対条件、いうならば呼吸のようなものだった。

作曲家が何世紀の人間であろうが、聴く人に作品を伝えるために、ブラームスはモダン・ピアノの力をためらうことなく利用した。

ブラームスは「安手の表情」をつけるのを好まず、特に嫌がったのは、作曲家の指示がないのに和音を分散させること。

メイがそんなことをすると必ず「アルペッジョじゃない。」と注意した。

ブラームスは音の強弱に関係なく、スラーのかかった二つの音符の醸しだす効果に重きを置き、それを強調したため、メイは、「こういった記譜部分は、彼自身の作品でこそ特別な意味を持つことが飲み込めた」と書いている。[※これは、ブラームスが多用していたヘミオラのこと?]

メイが聴いたブラームスの演奏は、「刺激的かつ独特で、到底忘れることはできない。名人芸を自由に操るといっても、それはいわゆるヴィルトゥオーゾ的演奏ではなかった。どんな作品でも、うわべの効果は決して狙わず、細部を明らかにし、深い部分を表現しながら、音楽の内部に入り込んでいるようだった。」

メイが、ブラームスの作品を練習させてほしいと頼むと、「僕の曲は、強い筋力と手の強い掴みが必要なので、今の君には向かないだろう」。自分が書いたピアノ曲は、女性には向いていないと思っていたらしい。

「どうしてピアノ用に、とんでもなく難しい曲ばかり作曲なさるのですか」とメイが詰め寄ると、ブラームスが言うには「(そういう音楽が)勝手にこちらにやってくるんだ。さもなきゃ、作曲なんかできないよ(I kann nicht anders)。」

 「クララ・シューマンの弟子たちの回想録 そのニ 私のブラームス回想録(1905年) アデリーナ・デ・ララ」

クララ・シューマンのレッスンで、ブラームスの《スケルツォOp.4》の一部分を弾き終えたとき、ブラームスが突然部屋に入ってきて、「今弾いた所をもう一度」。

最初のフレーズを弾き終わると、「違う違う、はやすぎる。ここはがっちり提示するんだ。ゆっくりと、このように」。

ブラームスが自ら演奏。鍵盤の上でゆったりとくつろいでいるようにしか見えないのに、それが豊かで深みのある音を、そして雲の上にいるようなデリケートなppを紡ぎだす。あのスケルツォのオクターブを一つも外さず、ものすごいリズム感で演奏するのだ。

ブラームスは生徒が自分の作品の低音(ベース・ライン)を弱く弾こうものなら、烈火のごとく怒った。その作品はきわめて深い音で、そして左手は決然と弾かなくてはならない。ブラームスは先生[クララ・シューマン]と同じで感傷的な演奏を嫌い、「決してセンチメンタルにならず、ガイスティック(精神的)でなくてはならない。」

日常生活では全く飾らず、ユーモアの感覚にあふれ、冗談を飛ばす。こんな人が真に偉大な巨匠だなんて、思い出すのも難しいほど。最初に会ったとき、ブラームスは40歳だったと思う。


 「クララ・シューマンの弟子たちの回想録 その三 ブラームスはこう弾いた ファニー・デイヴィス」

ブラームスの演奏を文字で書き表すことは、非常に難しい。それは孤高の天才が、作品を作ってゆく過程を論じるようなものだからだ。

巨匠の演奏に向かう姿勢は自由かつしなやかで、余裕があり、しかもつねにバランスがとれていた。たとえば耳に聞こえてくるリズムの下には、いつでも基本となるリズムがあった。特筆すべきは、彼が叙情的なパッセージで見せるフレージングだ。そこでブラームスがメトロノームどおりに演奏することはありえず、反対に堅牢なリズムで表現すべきパッセージで、焦ったり走ったりすることも考えられなかった。下書きのようなザッとした演奏をするときも、その背後には楽派的奏法がはっきり見てとれた。推進力、力強く幻想的な浮遊感、堂々たる静けさ、感傷を拝した深みのある優しさ、デリカシー、気まぐれなユーモア、誠実さ、気高い情熱、ブラームスが演奏すれば、作曲家が何を伝えたいのか、聴き手は正確に知ることになったのだ。

タッチは温かく深く豊かだった。フォルテは雄大で、フォルティシモでも棘々しくならない。ピアノにもつねに力感と丸みがあり、一滴の露のごとく透明で、レガートは筆舌に尽くしがたかった。

"良いフレーズに始まり良いフレーズに終る"-ドイツ/オーストリア楽派に根ざした奏法だ。(アーティキュレーションによって生じる)前のフレーズの終わりと、次のフレーズの間の大きなスペースが、隙間なしにつながるのだ。演奏からは、ブラームスが内声部のハーモニーを聴かせようとしていること、そして、もちろん、低音部をがっちり強調していることがよくわかった。

ブラームスはベートーヴェンのように、非常に制限された表情記号で、音楽の内面の意味を伝えようとした。誠実さや温かさを表現したいときに使う <> は、音だけでなくリズムにも応用された。ブラームスは音楽の美しさから去りがたいかのごとく、楽想全体にたたずむ。しかし一個の音符でのんびりすることはなかった。また、彼は、メトロノーム的拍節でフレーズ感を台なしにするのを避けるために、小節やフレーズを長くとるのも好きだった。


若きブラームスが完璧なピアノ・テクニックを象徴する有名な逸話。

巡業先で半音高く調律されたピアノに遭遇したヴァイオリニストのレメーニは、弦が切れるのを怖れて調弦を上げられない。そこでブラームスは、《クロイチェル・ソナタ》のピアノ・パートを公開演奏の場で、瞬時に半音低く移調して弾いた。[※半音高くと移調したという説もある]

移調できるとかできないという次元の問題ではなく、《クロイチェル・ソナタイ長調》とは全く異なる《クロイチェル・ソナタ変イ長調》用に、指の準備が即刻できてしまう能力を持っていた。

この他に、メイの伝記中、ハ短調を半音上げて弾いた話があり、こちらの方が有名。さらにこの回想録シリーズの第2巻でも、似たような移調演奏のエピソードがある。
http://kimamalove.blog94.fc2blog.us/blog-entry-1992.html


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ブラームスはベートーヴェンやベルリオーズたちと同じように、自ら指揮台に立ち自作を紹介しています。

ブラームスの演奏について、「テンポ、リズム、フレージングが柔軟なことを好み、自分もそのように演奏をした。」(ボストン交響楽団初代指揮者、ジョージ・ヘンシェルの言葉)という証言が残っています。

ブラームスは自分の書いた曲にメトロノーム指示を残しておらず、一つの曲がいつも同じテンポで演奏されることを嫌っていました。

自作自演のハンガリー舞曲第1番のピアノ演奏も、初めて経験する録音という特殊な状況下の演奏とはいえ、かなり自由な演奏のように聞こえます。

第二次世界大戦前のウィーンには、「ハイドンの主題による変奏曲」の初演に参加したとか、ブラームスの指揮で演奏したという人達がまだ生き残っていて、ブラームスの指揮ぶりについて貴重な証言を残しています。

この証言によると、テンポは楽譜の指定にとらわれないものであったということですが、ブラームスの指揮は極めてぶっきらぼうで、遠慮がちな単純な動きのために自分の意図したことが演奏者に正確に伝わりにくかったそうです。

「ハイドン変奏曲」で、ヴィヴァーチェとプレストの変奏曲を明瞭に対比させることができなくて焦っていたのが目に見えていた。という証言もあり、ブラームス自身絶えず悩んでいて、現実に棒のテクニック不足のためオーケストラのメンバーに自分の意図が正確に伝わらない場合が多く、ハンス・リヒターやワインガルトナーらの職業指揮者に比べ演奏しにくい棒であったようです。

「ハンス・リヒターが振った交響曲第3番の初演のころになると、オケのメンバーもブラームスの語法に慣れてきていて演奏についてしだいに確信を持つようになってきた」というウィーンフィルの名クラリネット奏者ウラッハの証言もあり、独特なブラームスの作曲の技法がわかりにくさの原因となったこともあるようです。

この時代は、ハンス・フォン・ビューロー、やハンス・リヒターといった専門の職業指揮者たちがその地位を確立した時期でもありました。

ウィーンフィルを指揮して第2番、第3番を初演したリヒターや、マイニンゲンの宮廷管弦楽団を指揮して第4番の初演をおこなったビューローたちには、録音は残されていませんが、当時のヨーロッパにおいて、この二人による演奏が最も権威のあるものでした。

自由奔放なビューローと楽譜通りにきっちりとやるリヒター、この二人は対照的な芸風な持ち主でしたが、ブラームス自身はより柔軟なビューローの解釈を好んだようで、ウィーンで、リヒターが交響曲第1番を指揮するのを聞いていたブラームスが、「あいつを放り出せ!」と隣の友人に言ったエピソードが残されています。
一方のビューローには「君は僕の作品を好きなように指揮して良いよ」とある種のお墨付きを与えていましたが、海千山千のビューローはその言葉を拡大解釈して、かなり極端な解釈の演奏をおこない、ブラームスを閉口させたそうです。

ビューローの死後ベルリンフィルの指揮者となったアルトゥール・ニキシュがライプツィヒ・ゲヴァントハウス管を指揮した交響曲第4番を聴いたブラームスがその演奏を聴いて絶賛したとか、ワインガルトナー、R.シュトラウス、モットルがベルリンフィルを率いてウィーンでブラームスチクルスを行った時に、ブラームスはワインガルトナーの演奏を最も高く評価したという話もありますが、ブラームスが自作の指揮者として、最も信頼を置いていた指揮者はフリッツ・シュタインバッハ(1855 - 1916)でした。

シュタインバッハは、ビューローからマイニンゲン宮廷管弦楽団を受けつぎ、後にケルン・ギュルツニヒ管弦楽団の指揮者も務めています。

シュタインバッハの弟子ヴォルター・ブルーメによれば、シュタインバッハは、楽譜に書かれていないブラームスが意図していたテンポやフレージング、楽器のバランスについて直接ブラームスから教えを受け、スコアに書きこんだものを使って演奏したそうです。

ビューロー、シュタインバッハから ブルーメに連なる系譜について「マイニンゲンの伝統」と呼ばれる言葉があります。これはブラームスの正統な演奏の系譜として、シュタインバッハから教えを受けたアーベントロートやトスカニーニ、ボールト、そしてアーベントロートからケルン・ギュルツニッヒ管の指揮者であったギュンター・ヴァントへと伝わりました。

フリッツ・シュタインバッハのブラームス演奏について、晩年のトスカニーニが「シュタインバッハのブラームスは、音楽があるべきテンポで自由に流れ、実に素晴らしいものであった」と語り残しています。(ウオルフガング・ザイフェルト著 「ギュンター・ヴァント」より)
http://www.numakyo.org/cgi-bin/bra3.cgi?vew=57

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