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松本清張 ゼロの焦点 (日本テレビ 1991)

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2023/10/30 (Mon) 15:38:02

松本清張 ゼロの焦点 (日本テレビ 1991)

原作 松本清張『ゼロの焦点』
脚本 新藤兼人
監督 鷹森立一
制作 日本テレビ
放送期間 1991年7月9日
音楽:大谷和夫
撮影:藤本茂
撮影協力:輪島「高州園ホテル」、和倉「銀水閣」、料亭「清風荘」、茶屋「見城亭」、

動画
https://www.youtube.com/watch?v=Z4d8qra1nPI&t=3910s

キャスト

鵜原禎子:眞野あずさ (鵜原憲一と見合い結婚したばかりの新妻。旧姓は板根)
室田佐知子:増田恵子 (室田儀作の後妻)
田沼久子:芦川よしみ (室田煉瓦の受付係)
本多良雄:藤堂新二 (憲一の後任)
鵜原憲一:並木史朗 (禎子の夫。広告会社主任)
鵜原宗太郎:岸部一徳 (憲一の兄)
宗太郎の妻:音無真喜子
西山:平野稔 (検察医)
葉山:金田明夫 (憲一の元同僚)
佐伯:勝部演之 (仲人)
横田英夫:佐々木敏 (広告会社の営業課長)
青木:須藤正裕 (社員)
戸籍係:石井洋祐
禎子の母:岩本多代
タクシー運転手:江藤漢
緋田景子、吉澤健、鷹野大、歌澤寅右衛門、マックス・フォン・シュラー、阪上和子、岩倉高子、中真千子、藤夏子、西沢まこ、星野すみれ、高橋ひろ子、深谷あかり、大家仁志、竹田寿之函、前田志名子
北村の母:乙羽信子
室田儀作:神山繁 (室田煉瓦社長)
北村警部補:林隆三 (金沢署の警部補)



脚本の新藤兼人は原作者の指名を受けたもの。
犯人が海上に小舟を漕ぎ出すシーンの撮影に関して、新藤は難色を示したが、原作者の希望により脚本に導入され、撮影が行われた。尚、本作品は収録時季が初夏であった為、原作小説特有の重苦しい空気感や北陸地方の寒々しい陰鬱な冬の風景などは全く見られず、いささか趣を異にする。フイルム撮影作品。


『ゼロの焦点』は、松本清張の長編推理小説。北陸地方を舞台に、太平洋戦争直後に端を発する時代の傷痕が生んだ連続殺人事件を描く。


『虚線』のタイトルで『太陽』に連載され(1958年1月号 - 2月号、連載時の挿絵は御正伸)[1]、同誌休刊後、『零の焦点』のタイトルで『宝石』に連載(1958年3月号 - 1960年1月号、全19回、連載時の挿絵は土井栄)、1959年12月に光文社(カッパ・ノベルス)から刊行された。後に電子書籍版も発売されている。


1961年・2009年の2度にわたり映画化、また多数テレビドラマ化されている。



あらすじ


この節にあるあらすじは作品内容に比して不十分です。あらすじの書き方を参考にして、物語全体の流れが理解できるように(ネタバレも含めて)、著作権を侵害しないようご自身の言葉で加筆を行なってください。(2015年4月)(使い方)


板根禎子は26歳。広告代理店に勤める鵜原憲一と見合い結婚した。紅葉が盛りを迎えている信州から木曾を巡る新婚旅行を終えた10日後、憲一は、仕事の引継ぎをしてくると言って金沢へ旅立つ。しかし、予定を過ぎても帰京しない憲一。禎子のもとにもたらされたのは、憲一が北陸で行方不明になったという、勤務先からの知らせであった。急遽金沢へ向かう禎子。憲一の後任である本多の協力を得つつ、憲一の行方を追うが、その過程で彼女は、夫の隠された過去を知ることになる。



主な登場人物
原作における設定を記述。


鵜原禎子
本作品の主人公。旧姓板根。新婚後間もなく夫が失踪し、行方を追う。
鵜原憲一
禎子の夫。広告代理店「A広告社」の北陸地方の出張所元主任。東京本社へ栄転となったので事務引継ぎのために金沢へ出張、そのまま失踪。
本多良雄
憲一の同僚。「A広告社」北陸出張所主任(憲一の後任者)。禎子に協力し、憲一の行方を追う。
鵜原宗太郎
憲一の兄。憲一の失踪後、京都出張のついでに金沢へ立ち寄り、謎の毒死を遂げる。憲一の過去に於ける「影」の部分をある程度知っていた。
室田儀作
金沢在住の地元名士で「室田耐火煉瓦株式会社」代表取締役社長。
室田佐知子
室田儀作の後妻。才色兼備の賢夫人。儀作と結婚する以前は東京に住んでいた。
田沼久子
「室田耐火煉瓦株式会社」の社員。同社の煉瓦工場に勤めていた工員の未亡人。本社ビルの受付嬢をしている。ひどくくだけたアメリカ英語を話す。
曽根益三郎
「室田耐火煉瓦株式会社」生産部の工員。 田沼久子の内縁の夫。謎の投身自殺を遂げる。


作品の背景


事件の背景に、日本が敗戦後、米軍の占領下にあった時期に、米兵(小説中では「GI」とも表記)相手にバイシュン行為をしていた女性(小説中では「パンパン」とも表記)らの存在がある。彼女らが自らの忌まわしい過去を隠そうとする必死の感情が、作品中で重要な意味を持ってくる。原作が書かれた当時は現在よりも女性の社会的地位が低く、過去に少しでも汚点があると偏見にさらされて就職に差し障るばかりでなく、婚約を破棄されたり一方的に離婚させられたりしてしまうケースが少なくなかった時代である。


小説の時代設定は終戦から13年後とされている。女性が相手のことをよく知らないまま見合い結婚することは、当時はありふれていた。本作発表当時の恋愛結婚の割合は4割に満たず、見合い結婚との構成比が逆転するのは、1960年代半ばを過ぎてからのことである[2]。



エピソード


刊行までの経緯


本作品の構想に関しては、当時上石神井に住んでいた著者が、作品執筆の合間に近くの食堂へ出かけた際、立川の米軍基地のバイシュン婦と思しき女性に出会い、彼女たちはその後どうしただろうか?と思いをめぐらしたところから、アイデアを膨らませていったとされている[3]。


当時『宝石』の編集長を務めていた江戸川乱歩は、本作の同誌連載に至る経緯を、連載開始された1958年3月号の編集後記で、以下のように記している。「松本清張さんの長篇連載がいよいよ始まる。(中略)松本さんは本誌にはいいかげんなものは書きたくないという気持ちから、なかなか想が纏まらなかった。そこへ『太陽』の休刊で、まだはじまったばかりの長篇が中絶するということを聞いたので、これを本誌に引きつぐようお願いして、成功したのである」。


連載の出足は順調だったものの、回を重ねるに連れて原稿の枚数が減っていった。1958年7月号では休載する事態となったが、代わりに同号では、乱歩と著者の対談「これからの探偵小説」が掲載されている。続く8月号でも本作は休載となり、乱歩は同号の編集後記で「作者も辛いが編集者もつらいのである。今は両者ともただ無言」と記している。1959年1月号は、現地取材の時間がなかったことを理由に、3回目の休載となり、この時は、著者のお詫びの弁と共に「創作ノート」が掲載されている。


その後、鮎川哲也の長編作品『黒い白鳥』の連載が同誌の1959年7月号から始まったが、この作品と本作のプロットが同じになるのではないかと、著者と鮎川の双方が気づいた。本作は1959年8月号で連載を1月分中断、プロットの再構築を経て、1959年12月号の鮎川方の完結から1ヶ月遅れの1960年1月号で、無事完結した[4]。


光文社は「カッパ・ノベルス」創刊の作品として本作を予定し、発行日も決められていたが、本作の執筆が予定通り進んでいなかったため、光文社が『宝石』編集部を飛び越え、直接著者に接触し執筆を促す一幕もあった[5]。


その他


本作の取材にあたって、著者は和倉温泉に滞在した。宿泊旅館は「加賀屋」(2016年現在も営業中)。著者と旅館の交流はその後も続き、映画『疑惑』のロケ見学の際にも滞在した[6]。


作品中において、主人公が断崖に立つシーンが描かれている[7]。小説では、断崖は志賀町の赤住にあるとされている[8]。しかし実際の赤住は平坦な地形で、海に転落するような断崖は存在しない。この件に関しては、現在「赤住」と同じ志賀町内にあり、実際に断崖のある「赤崎」と、著者が勘違いをしていたとの推測もある[9]。なお、ヤセの断崖に関しては、1961年公開映画を参照。
1978年の時点で、著者は、自作の推理長編で好きな作品の第一に本作を挙げている[10]。


関連項目


高浜町 (石川県) - 小説の舞台のひとつ。1970年に合併し現在は志賀町の一部。
鶴来町 - 小説の舞台のひとつ。2005年に合併し現在は白山市の一部。
海の中の都市・アナベル・リー - 主人公が断崖に立つ場面で想起する、いずれもエドガー・アラン・ポーによる詩。


その他


2008年改版以前における新潮文庫版カバー裏表紙記載のあらすじに、物語の過半にいたって明かされる事実が書き込まれている(以降の版では改訂されている)。
作中人物が北陸鉄道各線を利用する場面があるが、作中に描かれるシーンのうち、石川線の一部区間は現在でも営業されているものの、同線の白菊町駅を含む区間や、能美線、能登線はすでに廃止され、状況が変化している[11]。


松竹版と同時期となる1960年頃、監督若杉光夫で日活でも映画化の企画が上がり、吉田進脚本による準備稿が作成されるも諸事情により製作は実行されなかった。
 

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